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はじめに:それは、水曜夜7時半の「兄弟」だった
こんにちは、あきとです。25歳です。ダンボール戦機世代です。
小4?から中2くらいまで、当時のぼくらの水曜夜は、ある意味「聖域」でした。
「イナズマイレブン」からの「ダンボール戦機」という、黄金のリレー。学校でも、いつもその話題で持ちきりでした。
今回は、そんなぼくの青春の一部であり、今なおその面白さを語れるゲーム、「ダンボール戦機」について。
なぜ、ぼくはあの小さなロボット「LBX」に、あれほどまでに心を奪われたのか。
その理由を、戦略、物語、そしてちょっぴり苦い思い出と共に、深掘りしていきたいと思います。
「カスタマイズ」と「戦略」:単なる着せ替え人形じゃない面白さ
戦略がにじみ出る、奥深い機体構築
ダンボール戦機の面白さの核、それは間違いなく「カスタマイズ」にありました。
でも、それは単なる着せ替え人形遊びじゃない。
パーツの一つ一つが、性能、速さ、武器別の能力といったパラメータを持っていて、その組み合わせ自体が「戦略」になるんです。これとこれくっつけたらパフォーマンスがXX%上昇するなとか、このCPUで武器性能をあげるかわりに、別の補助パーツで防御ポイントを上昇させてみよう、とか。
例えば、相手の武器がスピード重視の連打型ハンマーだと分かれば、こちらはCPUパーツでハンマーへの耐性をつけ、盾を装備し、リーチの長い槍でカウンターを狙う。さらに、補助パーツで槍の攻撃力を底上げする…といった具合に。
敵の特性に応じて、自分の機体を最適化していく。このプロセスが、めちゃんこ楽しかった。
ゴールから逆算する、戦術設計の妙
そして、その戦略はバトルの中にも及びます。
やみくもに攻撃すれば、バッテリーもアイテムも尽きて、あっという間に不利になる。
特に、ランキングバトルやラスボス、友達との対戦では、戦闘の長期化も予測して戦術を組み立てる必要がありました。
どのタイミングでどの武器をどれくらい使い、HPがどれくらい減ったらどのアイテムを使うか…。その場のノリじゃなくて、ゴールから逆算して、自分の戦い方を設計する。最初はハンマーでじわじわ追い詰め、距離を取りながらスナイパーで狙撃し、最後はアタックファンクションの「グングニル」や「オメガエクスプロージョン」で決める!みたいな。
この「試行錯誤」できる余地の広さ。これこそが、ぼくのポリシー、つまり「一筋縄ではいかない高度な戦略性」というとことに深く突き刺さったんですよね。
物語への没入感:リアルな世界観と、心に刺さる言葉
等身大の主人公と、リアルな舞台設定
ダンボール戦機のストーリーは、一見すると「中二病」的な設定かもしれません。でも、ぼくが強く没入できたのは、その世界観のリアリティにありました。
舞台がエジプト、中国、アメリカ、NASA、宇宙ステーション、そして秋葉原のオタクロス…と、実在する国や場所で構成されていて、物語に地に足の着いた感覚を与えていたんです。
ぼくは、物語に「没入」「共感」「教訓」の3つを求めてます。
ダンボール戦機は、特に前の二つが素晴らしかった。
主人公たちは、普段は学校に行き、家族と暮らし、放課後は友達と遊ぶ、ごく普通の「等身大」の中学生。だからこそ、感情移入がしやすかった。
たとえば、首相の襲撃を、中学生3人組がLBXで阻止する、なんていう一見すると非現実的な展開も、彼らが等身大だからこそ、「もしかしたら…」という夢を膨らませてくれた。
壮大なビジョンと、日常の延長線上にあるファンタジー。このバランスが絶妙だったんですな。
レックスの言葉と、国際政治学の現実
そして「教訓」。
シーズン1の隠れたラスボス、レックスが最後に遺した「戦争は誰かの利益のために起こされるんだ」という言葉。
当時は深く考えていませんでした。
しかし、大学で国際政治学を学び、戦争が引き起こされるメカニズムを探求している今、この言葉が身に染みて分かります。
食うか食われるか、貪欲に利益を求めるハイエナが跋扈する社会を生き抜くことの難しさを、あの頃のぼくは、まだ知らなかったんだな、と(笑)。
ぼくとPSPと、母の「捜索差し押さえ令状」
ゲームがしたいぼく、ゲームを遠ざけたい家庭
そんな風に、ダンボール戦機にドはまりしていたぼくには、悲劇も訪れました。
ぼくの家では、ゲーム禁止令が敷かれる反エンタメ主義政権が確立していたため、家の中にはゲーム機はゼロ。親の監視の目が子どもの私生活の隅々にまで生き渡る全体主義的な体制が整えられていたのです。
しかしぼくはゲームがしたい、PSPがほしい、お友達が羨ましい、そろそろ親に反逆したい、じゃあ金貯めて自分で買ってやる。
そうして中学2年の頃、ぼくはPSPを獲得しました。1万2000円くらい?全財産、消滅です。
抜き打ち調査と差押え
そんなとある夜中、親に隠れてこっそりPSPでプレイしていた時のことです。
何の前触れもなく、部屋のドアがガチャリと開かれ、母親にその現場を発見されてしまった。あの瞬間、心臓の拍動で肋骨が折れるんじゃないか、ってくらい、心臓が跳ね上がりましたね。
頭の中では必死に言い逃れを考えていた。
でも、「捜索差し押さえ令状」を持つ母の前では、成すすべもなく、その場でPSPは「差し押さえ」られました(笑)。
これもまた、今となっては良い思い出です。
おわりに:『ダンボール戦機』が残してくれたもの
結局、ぼくにとってダンボール戦機は、単なるゲームではありませんでした。
それは、自分だけの戦略を練り上げる「思考の訓練場」であり、今なお考えさせられる深い言葉をくれた「物語」であり、そして、友達との話題の中心であり、親との攻防の記憶が詰まった、「青春の1ページ」そのもの。
あの頃のワクワク感と試行錯誤の楽しさが、今の自分を形作っているのかなあとも、時々考えてます。
あ、大事なこと忘れてました。ぼく、めちゃんこプラモデル作ってました。はい。




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