Last Updated on 2025年8月9日 by akito1012
ダイジェスト:~通っていた学び舎よりも、格段に恋と興味と友情とをそそられていた空間、それがアメーバピグでした
目次
はじめに:ぼくの「デジタルな青春」
こんにちは、あきとです。
今回の「嗜好マップ」で語るのは、ぼくのアイデンティティをつくりあげたと訴えても過言ではないといえるゲーム、「アメーバピグ」です。
2010~2015年ごろ、つまり小学5年から中3年における、ぼくの生活における青春劇場が、このアバターゲームに集約されていました
それは、ぼくの「デジタル上の青春」そのものであり、現実世界と繋がるための大切な「緩衝材」であり、そして何より、初恋の相手と出会った場所でもあります。
なぜ、当時のぼくは、あの2D(アイソメトリックビュー)の仮想空間にそこまで没入できたのか。
その理由を、当時の思い出とともに振り返ってみたいと思います。
なおアメーバピグはメタバースではないですね。小難しく言うと、メタバースは、「ユーザーがアバターを通じて参加する」「経済活動や社会活動、娯楽活動などを行うことができる「永続的で共有された3次元の仮想空間」という3つの条件があるようで。合致するのは、せいぜい1つ目ですかね。2つ目は6割くらいあてはまる的な。感じかな。
アバターを介した、もう一つのコミュニケーション
なぜアメーバピグだったのか?
アメーバピグは、自分好みに創作したアバターを通じて、仮想空間内の実在/オリジナルエリアを旅したり、ピグ友と交流したりするアバターコミュニケーションサービスです。
まあ、仮想空間を流動するゲームっすね笑
カジノやポーカーといったゲーム要素もありましたが、ぼくが惹かれたのは、何よりそのコミュニケーションの自由さでした。
2010年~2011年頃、ぼくが始めた当時は、まだLINEもそこまで普及しておらず、コミュニケーションはテキストベースが主流。
でも、単なるテキストチャットって、どうしても淡白になりがちですよね。
その点、アメーバピグは、自分の分身であるアバターを動かし、アクションを交えながら対話ができる。
まさに、相手がそこに「いる」かのような、視覚的な納得感があったんです。
この「同じ時間、同じ場所を一緒に共有している」という「共在感覚」が、他のSNSにはない、強い没入感を生み出していたんだと思います。
現実のしがらみから解放される自由
そして、この仮想空間には、現実世界のような「しがらみ」がありません。
物理的な姿形から判断されたり、遠慮したり、過剰に気を遣ったりする必要がない。
アバターという一枚のフィルターを介すことで、普段はなかなか出せない、素直な自分でいられた。
この「自由奔放なコミュニケーション」が、当時のぼくにとっては、非常に大きな魅力だったんです。
「嵐好き集まれ!」から始まった、初恋の物語
仮想空間での出会い
当時、ぼくが通っていた中学は男子校で、周りは男ばかり。
文化祭や塾で女子と自然に出会う、なんていうのは、内気なぼくにとってはなかなか難易度が高いミッションでした。
かといって、テキストだけのやり取りから、いきなり現実で会う、というのも、そのギャップが大きすぎて怖い。
その中間地点=「緩衝材」として、アメーバピグは最高の場所でした。
ぼくは当時好きだった嵐やドラゴンボール、OneDirectionをテーマにした「部活(コミュニティ)」を主宰して、似通った嗜好をもつコミュニティメンバを募集していました。
「中学・高校生で嵐好き、集まれ!」みたいな感じでね。
そこで、共通の話題で盛り上がった一人の女性がいました。
歌のプロフェッショナルな面と、バラエティでの無邪気な面の二面性がいいよね、とか、中学受験時代の苦悩とか、色々な話で共感し合って。
そう笑。それが、ぼくの初恋の相手です。
ネット問題を乗り越え、いざ現実世界へ
もちろん、ネット上の出会いには「ネカマ」(ネット上のオカマ。男性が女性を偽ること)という問題がつきもの。それは当時から知っていたので、ぼくは慎重でした。
Twitterは小3から手を出していたので、その辺の事情には神経が過敏に反応する機微がつくられていたのかもしれません笑。
まずアメーバピグで出会い、次にTwitterに誘導し、過去のツイートや自己紹介、ピグ上でのやり取りにかんがみて、「うん、この子は確かにXX歳くらいの女性だな」と確認する(今思うと、ちょっと危ない橋を渡っていたかもですが笑)。
そして、お互いにアキバが好きだということもあり、「じゃあ、次の週末に会ってピグやろうぜ」とおか「学校帰りマックでも行こうぜ」という流れになったんです。
同年代だから、割と気軽に話をまとめることもできましたね。
ぼくにとっては、小学生の頃から通っていた慣れ親しんだ街(アキバのヨドバシが大好き)での、初めての特別な待ち合わせでした。
ぼくにとっての秋葉原とは、中受地獄からの避難場所であり、小6時の心の安楽椅子でもありました。
遊びの延長線上にあった、淡い時間
別に恋とか愛に発展したわけではない、と思ってます。
アイキャッチ詐欺で申し訳ないです笑
付き合ってほしい、とは言った覚えはないし、互いに一緒の時間を楽しんでるだけだったので。
2人で楽しんだことといえば、カラオケに行ったり、ドラえもん映画見たり、相手の家にお邪魔して一緒にピグで遊んだり。
学校帰りにマックで待ち合わせして勉強教え合ったり(ぼくは常に生徒の立場でした笑)。
もちろん、まあそういう時期の男女ですから、思春期らしい淡い時間もありましたな。
(もちろん、際どいことは何もなかったです。そういうのではなかったんで笑)
(余談)家出少女、じゃなかった
一つ怪訝に思っていた点が、学校帰りに会うのに、彼女がいつも私服だったこと。
3回目に会ったときに、気になって聞いてみたんですね、「全然制服着ないじゃん」って。
ぼくは心の中で、「もしかして、中学生って偽ってる…?」なんて訝ったりもしていた。
ただ、よくよく話を聞いてみたら、彼女が通っていたのが、制服がない超進学校の女子中学校だった、というオチ(笑)。
そういう発見も、面白かったですね。
「制服があるけど着たくない」とかいう不良ではなく、そもそも「ない」という発想。
視野の狭さと世界の広さを如実に痛感した瞬間でしたね、あのときのことは今でも思い出せます笑
自然消滅、そして「デジタルの故郷」へ
関係のフェードアウト
彼女との関係は、気づけば終わってましたね。
「別れよう」という明確な言葉があったわけじゃなく、本当に自然消滅でした。
理由としては、主に2つあるかなあと。
第一が、話題消滅と興味消失。
ぼくが彼女と会うのは、週一か二週に一回くらいで、話すトピックも嵐かアメーバピグが中心。
10回くらい会えば、それなりに話題も尽きるから、会うことに対する胸の高揚感も抱きづらくなっていたのかなあと思います。
今もそうですけど、ぼくって基本、人に対して著しく飽きやすい体質ですしね笑
あと、そもそもあまり人に興味がないから、その人の内面を知り尽くしてしまうと、もう興味が亡くなっちゃう、的な感じ
学問への目覚め
第二が、学問覚醒。
そんな中で、ぼくの人生に大きな転機が訪れます。中学3年生の時の、海外(U.S.)への修学旅行です。
そこで異文化の雰囲気や、本能に動かされるU.S.民の晴れやかで清々しい国民性に触れて、「もっとこの国の事を勉強したい!」という強烈な意欲が湧いたぼくは、帰国後、文字通り学びに明け暮れるようになりました。
特に英語。中3で英検5級落ちたのは内緒、というより誇りだけど笑
高2という少し遅い時期に英検2級をとれたので、まあ、いいでしょう…!
その結果、興味の対象が、彼女やアメーバピグ、Twitterから、「学び」そのものへと移っていった。
そうして、自然と距離が空き、気づけば会わなくなっていた…。
それが、ぼくの初恋の結末です。
彼女が今、何をしているのか、時々ふと考えたりもします。
学校名も実力も、疑う余地がないほどの秀才でしたから、どこかの機関でベスト&ブライテストとして辣腕をふるっているのかもしれませんな笑
おわりに:アメーバピグがくれたもの
今振り返ると、アメーバピグは、ぼくにとって本当に「青春」そのものでした。
懸命に、前のめりに、没頭して取り組めた、時限的なプロジェクトのようでした。
「デジタルの故郷」であり、「本心の合わせ鏡」のような存在でもありました。
人とのコミュニケーションにおいて、素直な自分を見せるのが怖かった当時のぼくにとって、アバターという緩衝材を介して、自然体でいられる世界。
そこで、趣味を通じて人と繋がり、現実世界で会うためのハードルを下げてくれた。
アメーバピグがなければ、初恋の経験も、もしかしたらなかったかもしれない。
そう考えると、あの仮想空間での出会いや交流は、ぼくの思春期を形作った、かけがえのない体験だったんだな、と改めて思うのです。
だから、ありがとうございます。AdobeFlashPlayer様,そしてサイバーエージェント様。
注:AdobeFlashPlayer⇒AmebaPiggが動いていた技術基盤
注:サイバーエージェント⇒AbemaPiggの生みの親。おっきい企業
なお、ぼくがAmeba⇒Twitter⇒リアル世界というフローで出会っていた対象は、別に同年代の女性だけじゃなかったですね。年上のお兄ちゃん的な大学生と会ったり、1個下の子とあったり。出会いという点に限れば、通っていた学び舎よりも、格段に恋と興味と友情とをそそられていた空間、それがアメーバピグでしたね。




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